親なるもの断崖と娼妓取締規則

特装版「親なるもの 断崖」(1) (フラワーコミックス) - 曽根富美子
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幼な女郎梅11歳


これありえねー設定ですから!当時の法律(娼妓取締規則)で満18歳以下の少女を公娼にするのは禁止されていたんで。娼妓になる手続きには2つの警察署と役所が関与していたんですわ。


娼妓鑑札取得の手続き


1 本籍地がある役所から戸籍抄本を発行してもらう
2 遊郭のある土地の警察署へ身売り志願者本人が訪問
3 警察署は戸籍抄本その他必要書類をチェック
4 遊郭がある土地の警察署は、身売り志願者の本籍がある警察署に連絡
5 本籍地の警察署は警察官を身売り志願者の実家に派遣し、家庭の事情を聴取
6 本籍地の警察署がOKを出せば、遊郭のある土地の警察署が娼妓鑑札を発行する

 
 家庭訪問をした警察官の判断次第では娼妓鑑札の取得を許可しないこともあり
 
 娘を売らなくてもなんとかやっていける
 娘を売った金を博打や酒で浪費する可能性が高い

 この2つに該当する場合は警察は娼妓鑑札を発行しないよう指導されていたよ

 前借金なしで公娼になるのももダメだった

 

警察署と娼妓

公娼になろうとしたらにプライバシーを公務員に明かす必要があるのです。現在、生活保護を申請するのとおなじですね。娼妓登録申し込み時に二つの警察署が娼妓志願者の個人情報を取得するんです。

昭和初期は遊郭のある警察署は娼妓(女郎)の借金の返済状況まで把握していました。楼主は娼妓の収入と借金の返済状況を警察に報告させられていたわけ。こういう事をしていたのは娼妓が楼主に搾取されるのを少しでも防ぐためです。


梅は小作の娘のはず

娼妓志願者の実家が不動産を所有していたら、娼妓鑑札を警察は発行しませんでした。娼妓取締規則では不動産を所有している者が肉親を公娼にするのを禁止していたからです。お金が必要なら身内を女郎にせず田畑を売れという方針で公娼制度は運営されていたわけ。でも娘を売った金で田畑や家を買うのは認められていたよ。


不合理な習慣

前借金をせず公娼になるのは不可能でした。前借金を申し込まないと警察が娼妓鑑札の取得を拒否したからです。法律で前借金借り入れをしない者には娼妓鑑札を発行しないと決められていたわけではありません。

娼妓に貸す前借金の調達に苦労していた楼主も多数いたので借金をしないという選択肢が認められなかったのは不合理ですね。


女郎失格の道子

道子は満18歳になっても女郎(公娼)になれません。健康診断を受けて合格しないと娼妓鑑札を取得できないんですわ。「売られ行く女 公娼研究(大正7年刊)」によると大正時代の大阪では病人と発育不全者は健康診断に受からなかったよ。この二つを兼ね備えていた道子を合格にする医師はおらんでしょ。道子は幕西遊郭ではなく、もぐりの売春業者が飲食店名義で経営していた娼館が軒を連ねていた  で、私娼(無免許娼婦)にしかなれないですわ。


花園の迷宮 - 島田陽子, 名高達郎, 黒木瞳, 工藤夕貴, 野村真美, 江波杏子, 白木万理, 中尾彬, 寺田農, 伊武雅刀, 辻沢杏子, 内田裕也, 伊藤俊也, 松田寛夫
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満18歳にならないと娼妓鑑札を取得できなかった史実をうまく活用した歴史ミステリー小説。第32回江戸川乱歩賞受賞作。17歳のふみが身売りした店で起きた密室殺人の犯人を追います。被害者は一緒に売られた幼馴染の美津。美津は満18歳だったので女郎となり、ふみは半年後の誕生日まで女中をすると設定ですねん。映画は原作のストーリーが大幅に変更されてます。



墨東奇譚 - 新藤兼人
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これだけチェックが厳重でも満18歳以下の売春婦はたくさんいたよ。満18歳以下でも就労可能だった女給・芸者・酌婦の大半は売春をさせられていたので。私娼窟と呼ばれたもぐりの売春街までありました。

私娼窟のお店は飲食店名義で経営されていました。数が多すぎてつぶしきれないため、これらの店は黙認されがちだったのよ。時々お巡りさんがそこで働いている私娼と客を摘発してはいたけどね。遊郭も私娼窟の摘発強化を何度も国や自治体・警察に陳情してはいたのよ。

しかし、黙認や摘発緩和と引き換えに性病検査を義務付けるなどといった現実的な対応をとる自治体が増えていきました。遊郭は無認可の売春を行っている風俗店に客を奪われ衰退していったんですわ。

私娼窟は政府公認の遊郭の近くにあり、遊郭より安い料金で遊べたよ。私娼は公娼より性病の感染率が高くそこで遊ぶのは遊郭よりリスクがあったんですけどね。濹東綺譚 は私娼窟「玉の井」を舞台にした名作。二度映画化されてます。


濹東綺譚 - 永井 荷風は、著作権が消滅しており、挿絵なしの原作小説はアマゾンで無料ダウンロード可能。


荷風になりたい~不良老人指南~ (1) (ビッグコミックス) - 倉科 遼, ケン 月影
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私娼窟が遊郭のご近所にあった理由は遊郭近辺なら集客がしやすいためです。遊郭には性欲を満足させたい人たちが集まるんで。普段は安い私娼窟、余裕があったら遊郭で遊ぶ男はたくさんいたよ。

裕福でも荷風は私娼窟にも出入りしたけどね。荷風の生涯を漫画にした「荷風になりたい」は、戦前の性風俗産業案内漫画と化しています。吉原での女郎買い・芸者遊びにカフェ通いに私娼窟徘徊と荷風先生は人生を楽しんでおりますぜ。


廓景色 (1964年) - 川野 彰子
廓景色 (1964年) - 川野 彰子


この小説では厳重な身元チェックを突破して満18歳以下の少女が娼妓鑑札を取得しています。妹が姉の戸籍抄本を使って娼妓登録をしたんですね。身体障害者の長女の戸籍を使って次女を親は売ったんですわ。


襤褸 (1972年) - 木野 工
襤褸 (1972年) - 木野 工


悪徳業者に身売りした17歳の花は女中として働きながら客も取らされています。その事が噂になると悪徳業者は違法売春を続けても、花だけが逮捕され、自分はおとがめなしの手口を考案しました。


花を満18歳になるまでは近所のカフェで女給として働らかせる。勤務時間終了後、花を客が待っている旅館に送り込む。警察に花の売春がばれても、花が自由意思で違法売春をしていることになるので、悪徳業者は処罰されません。


多額の借金を負っている花は悪徳業者に逆らえないのです。昭和初期の北海道旭川を舞台にした超メシマズ小説。とにかく救いがない。遊郭の様子がやたらと具体的に描写されているのでどこまでが史実なのかすごく気になりました。ラストはもちろんバットエンド。




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